おれは花がたくさん咲く裏庭にナナを連れて行き、イイ雰囲気をつくったところで
キスしようとしたが、ナナの姿を一目見たいと願う王妃の侍女や見張り台の兵士に
何度も邪魔されてしまった。
こいつらはイイ雰囲気になると現われて、次々にとんでもねえことやらかすから
ナナが笑っちまうんだよな。
せっかくのムードをぶち壊されて、とてもキスできるような雰囲気じゃねえ。
ナナを覗きに来た奴らの中には、ローレシアから戻ったばかりの兵士もまじっていた。
「おい、おまえ! 戻ってきたんなら覗きなんてくだらんことしてねえで、さっさと
ローレシアであったこと報告しろよ!」
おれは怒りにまかせて兵士を一喝した。
おれに叱られた兵士はシュンとなった後、真面目な顔つきになって報告してきた。
伝令兵の報告はこうだ。
ローレシアに着いた伝令兵はすぐに謁見の間に通されて、そこで玉座の近くに立つ
厳格そうな兵士の存在に気づいた。
気位の高そうな兵士はローレシア青の騎士団長サイラスで、謁見の間にやって来た
王子に相変わらずの小言を言って、ムッとした王子と言い争っていたそうだ。
そこまではよくある光景だとおれもナナも半笑いで聞いていたが、この後に続く話は
おれたちの心をざわつかせた。
「カインやナナに会いたいな」と言う王子に「遊んで国政をおろそかにするな」と
サイラスが反論して2人が言い争っている最中、なにか言いかけたサイラスを王子が
鋭い声を出して止めたんだとか?
王子は「こいつの前で余計なこと言うな」とでも言いたげに伝令兵をチラッと見て
王子の視線をたどって伝令兵の顔を見たサイラスもハッとして口をつぐんだらしい。
その後、大司教が謁見の間に入って来て「国王は明日の夕方までに向かわせる」と
約束してくれたらしいが、結局のところ2人が黙った理由はわからずじまいだった。
王子が人の話を途中でさえぎるなんて、めったにないことだ。おれはあいつとは
長い付き合いだが、これまで話の途中で王子に止められた経験なんて1度もない。
2人が伝令兵を見てすぐに黙り込んだというのもなんだか気になるところだぜ。
隠しておきたいこと、知られたくないような問題が起きてるんじゃねえのか?
現在、サマルトリアには「ローレシアで問題発生」という報告は入っていない。
だが、他国に報告するほどでもない小さなことが実際は起きているのかもしれねえ。
おれは報告を終えた兵士を部屋へ帰し、ナナと2人だけで話すことにした。
「兵士の話、気にならねえか?」
おれが聞くとナナも心配そうにうなずいた。
「王子が大きな声を出すなんてめずらしいわよね。話を止めたというのも気になるわ」
やはりナナも同じことが気になるようだ。
「さっきの話、思い返してみようぜ。たしかサイラスはこう言いかけていたんだよな
『今は国王にとって大事な時期だ』と」
おれの言葉にナナもうなずく。
「そうよね。サマルトリアに行っちゃダメとは言わないけど、今は大事な時期だから…
こんな感じで反対してたのよね?」
今が王子にとって大事な時期?
なんのことだ?
おれは腕を組み考えをめぐらせた。
「もし、本当に王子にとって今がとても大事な時期で、サイラスの言うとおり簡単には
ローレシアを離れられないとしたら...?」
おれは小さくつぶやいたが、ここで伝令兵に肝心なことを聞き忘れていたと気づいた。
「そうだ、大事なことを聞き忘れてた!」
おれは急いで伝令兵を追い、城内に入った。
部屋に戻ると言って去った兵士たちは、城内に入ってすぐの柱の影に身を隠して
ナナの様子を覗いてたらしい。
奴らはおれが走ってくるのを見て慌てて逃げ出そうとしたが、おれは男の首根っこを
引っつかんで引き止めた。
「すいません、もう覗いたりしません! すぐに帰りますから、許してください」
どうやらこっそり覗いているのがバレておれが追いかけてきたと勘違いしたらしい。
おれに襟をつかまれた兵士は情けない声を上げながら許しを乞うてきた。
「おまえらが覗いていたことなんて今はどうだっていいんだ。ここに隠れていたことは
怒らねえから教えてくれ。大司教が王子をサマルトリアに向かわせると言ったとき、
それを聞いた王子はどんな顔してた?」
おれはつかんでいた襟を離して尋ねた。
振り返っておれを見た伝令兵は、突然の問いかけにぼんやりとした顔をしていたが
「えっと…」としばらく考えて答えた。
「たしか… 王子様は大司教様の言葉にホッとしたというか、安心した様子でしたね」
「少し不安そうな顔とか、なにか思い悩むような表情はいっさい見えなかったか?
それとも心から安心した様子で、悩みのない晴れ晴れとした感じだったのか?」
おれがさらに問うと、兵士は目を輝かせうんうんと力強くうなずいた。
「晴れ晴れ、まさにその言葉がピッタリな様子でした。大司教様の了承を得て、これで
心置きなくサマルトリアに行けると嬉しそうに笑っていましたよ。あの伝説の勇者も
こんな風に屈託なく笑うんだなと思いながら見ていたので、間違いありません!」
男は胸を叩き、キッパリ言い切った。
なんだ、そうか。安心したぜ!
今の兵士の言葉で胸のつかえが取れた。
「大司教様の話を聞いたときの王子の様子? ねえ、それにどんな意味があるの?」
おれのあとについて走って来たナナが軽く息を切らせながら尋ねてくる。
「へへっ。とても重大な意味があるぜ」
おれはえへんと胸を張った。
「ナナ、安心しろよ。ローレシアで大したことは起きてねえ。またサイラスのバカが
1人で勝手に騒いでいるだけさ」
おれがふふんと鼻で笑いながら言うと、ナナが「どうしてわかるの?」と聞いてくる。
「王子は正直な奴だろ? 本当にローレシアで問題が起きていて城を離れがたいなら
たとえ大司教が『行っていい』と言ったって、あいつは素直に喜べねえと思うぜ。
本当に行っていいのだろうかと悩むはずだ。でも、あいつは大司教の言葉を聞いて
晴れ晴れした顔で笑ったんだろ? ということは、城を留守にしても問題ねえって
あいつ自身は思ってるってことだよ」
おれが自信満々に言うと、聞いているナナの表情もパッと華やいだ。
「確かにそうよね! 王子がサマルトリアに行けると笑ってたなら、あたしたちが
心配するようなことは何も起きてないのかもしれないわね!」
「ああ。反対してるのはサイラスだからな。あの野郎のことだから、どうせ今回も
いつものようにくだらねえことでグチャグチャごねてるだけだと思うぜ。まぁ、
明日になって王子がこっちに来たら、あいつに真相を聞いてみようぜ」
おれは親指を立ててナナを見た。
「そうね、王子は明日にはこっちに来るんだもの。余計な心配せずに待ちましょう」
ナナもにっこりと微笑む。
「よっ! さすがカイン殿下!」
「素晴らしい! 鋭い洞察力ですね!」
「3人の勇者の中で1番の頭脳派という触れ込みも正しいことがわかりますよ!」
物陰に隠れてナナを覗いていたのがバレて罰せられるのが怖いのか、3人の男たちは
手をパンパンと力強く叩きながら、大げさなほどおれをおだてて賞賛してきた。
くそっ! お調子者どもめ!
罰を与えてもいいところだが、今は王子が無事にサマルトリアに来れそうだとわかって
おれ様も気分が良いからな。
ここは寛大に許してやろう。
「うるせえ! 余計なこと言ってねえで、てめえら今度こそとっとと帰れよな!」
おれは笑いながら3人の尻を順番に蹴飛ばして追っ払った。
王子のことは心配に及ばないとわかり、うるさい連中も去って、ようやくひと息つく。
王子は明日には来るんだよな?
.... さて、どうするかな。
おれは王子がサマルトリアに来たらどう驚かそうかと考えてニヤリと笑った。
ナナが来たときは謁見の間に通して、玉座に座りながら出迎えて驚かせてやった。
同じことをやってもつまらねえ。
それに、王子はおれが玉座に座っているぐらいでは大して驚かねえかもしれない。
「さて、どうやってあいつを驚かすか…」
おれが小声でつぶやくと、おれの意図がわかったのかナナもいたずらっぽい顔になって
にこにこしながらおれを見てきた。
「なあに? 王子も驚かせるつもり?」
ナナは楽しそうに笑う。
「あぁ。本来、国王でもないおれが客人を謁見の間に招くことはねえから、おまえは
謁見の間に呼んだだけで驚いてくれたけどな。あいつは自分が国王になって客人を
謁見の間に招いているからよ、自分が招かれたとしても『そんなもんだよね』で
終わっちまうような気がするんだ」
おれの言葉にナナはぷっと吹き出した。
「うふふ、そうね。王子のことだから『カインもぼくと一緒なんだね』とか言って
玉座に座ったあんたを見ても、驚くこともなくすんなり受け入れちゃいそうね」
ナナはクスクス笑っている。
ははは、確かにな。
「へえ、カイン。きみも人に会うときは謁見の間を使うんだ。ぼくと同じだね」とか
のんきなこと言いながらヘラヘラ笑う王子の顔が目に浮かぶようだぜ。
「そうなると、謁見の間でただ出迎えるだけじゃつまらないわよね。王子がアッと
驚くようなことないかしら?」
ナナも腕を組んでう~んと考える。
もし、ナナがここにいることを知らなければ、王子が城に入ってきたところでナナが
急に現れて驚かすことも出来るんだが、王子は伝令兵からの報告を聞いておれもナナも
サマルトリアにいることを知ってるからな。ナナがいても驚くこともねえだろうし...
あいつを確実に驚かす方法はねえか?
どうやってあいつを驚かせば、おれもナナも「してやったり」と満足できる?
おれもナナもしばらく無言で考えていた。
「あっ! ねえ、こんなのはどう?」
ナナは目を輝かせて楽しそうに笑いながらおれに耳打ちしてきた。
心臓がドキンと跳ね上がる。
た、たしかにそれは王子も驚くと思うが.... 演技とはいえ、本当にいいのかよ?
ナナはおれが動揺したことに気づいていないようで、キラキラした目でおれを見ながら
「ダメ?」と小首をかしげて聞いてくる。
ダ、ダメなわけねえだろ!
ただ... おまえ... 本当にやるのか?!
おれは焦ってナナの顔を直視できなかったが、ナナは澄んだ瞳でおれを見てくる。
「お... おれは構わねえぜ。そ... それは、さすがの王子も驚くと思うからよ...」
おれが了承するとナナは「やったぁ!決まりね!」と小さく飛び跳ねて喜びを表した。
心臓がバクバクと騒ぎだす。
お、落ち着け!
ナナも本気で言ってるわけじゃねえ!
こ、これはただのお遊びなんだからよ。
「ねえ! そうとなったら、入念な準備が必要よね! 王子を驚かせるのが目的だけど
どうせなら本格的にやりたいわ。そうねえ.... あの3人組の女の子たちにお願いして、
準備をいろいろ手伝ってもらおうかしら? あんたもそれでいい?」
ナナがウキウキしながら尋ねてくる。
こいつ、なんでこんなに乗り気なんだ?
実はおれとしたかったってことか?
いや、まさかな....
「あ... ああ、それで構わねえよ」
おれの言葉がまだ終わらないうちに、ナナは「あたし、今から頼んでくるわ!」と
弾むような足取りで走って行った。
ほ、本気でやる気なのかよ?!
ナナは王子を驚かすつもりみてえだが、おれの方がよっぽど心臓に悪いぜ!
王子とサイラスの会話からローレシアでなにかが起きている? と心配しましたが、
大したことじゃなさそうですね ( *´艸`)
カインの分析だと、サイラスがまた1人でごちゃごちゃ言ってるだけみたい (;´∀`)
(そしてたぶん大正解 ( *´艸`))
すっかり気が晴れたカインとナナは「サマルトリアに来る王子をどう驚かすか?」
2人で仲良く考え始めました (*´ω`*)
しばらく考えた後でナナがなにかを思いつき、カインは内心で激しく動揺しながらも
ナナの提案を受け入れます ( *´艸`)
王子への「ドッキリ」なのに、仕掛け人のはずのカインも「ドッキリ」してる?!
さて、ナナはどんな提案をしたのでしょう?
(今回はわかりやすいかな?)
※ ちなみにカインが心の中で「ナナはおれとしたかったのか?」とつぶやいていますが
これは健全な創作物語なので、決してそういう意味ではございません m(_ _)m
次回もお楽しみに~ヾ(*´∀`*)ノ